2008年06月21日

外秩父、山歩きの拠点”ユガテ”は、湯ノ天? 湯ヶ手?

電車を使っての外秩父の山歩きは、西武池袋線(東京池袋←→西武秩父)沿線と、JR八高線(東京八王子←→群馬県高崎)沿線の駅を拠点にして入山する。私は例外なく車で麓まで行き、精々標高300mの尾根歩きが最近の通例である。メタボ問題もある。
”山歩きしています”とは自慢(?)出来ない程度のものだが、その尾根歩きには随所に拠点(目的地・中継休息所)がある。

拠点の一つに、”ユガテ”と呼ぶ場所がある。
この辺りを山歩きされている方々には有名な場所だ。
地図や山の道しるべには、片仮名で”ユガテ”と表記されている。何度も訪れた場所だが、片仮名のユガテではなく、漢字で書かれている案内板と道しるべを発見した。

その一つが、”湯ノ天”である。
もう一つが、”湯ヶ手”である。

一つの場所の名前が、ユガテ、湯ノ天、湯ヶ手では、ドーナッテンノ? だ。

”湯ノ天”と表示されている案内板は、ユガテの広場(休憩用に提供されている空き地)である。ユガテの畑を借りて農作業をされていた方に名前の由来を尋ねてみた。答えは、「昔々その昔、群馬の神様とこちらの神様がジャンケンをされて、こちらの神様が負けられ、お湯が出なくなって、このような名になった。何でジャンケンなんでしょうね?」
・・・ であった。

”湯ヶ手”との道しるべがあったのは、土山(北向地蔵とユガテの中間、五常の滝方面への分岐点)である。道しるべの四角柱の石に昭和12年5月建立と記されていた。

さて、貴方ならユガテは、”湯ノ天”と書きますか? それとも、”湯ヶ手”ですか?
ここで、名探偵”三龍”さまのお出ましである。

まず、ユガテという場所だが、現在でも2軒の民家があるだけだ。民家の周りで野菜や果物が栽培されているが、それで生計が立てられる程ではない。現在の評価では経済的な価値が低くとも、古代では貴重な平坦な土地だったのだろう。神話で ユガテ もしくは、それに近い発音で口伝されたのではないか?

口伝された神話を文字で表記する必要が出来た時、
お湯が出ない → 湯が出ん → 湯ノ天 と記述され ユガテ 
と呼ばれ、読まれていたのではないか、と推測できる。

時を経て、昭和12年、もしくは、その少し前に、軍事的な時代の要請を受けて、漢字を正確に発音に合わせて ”湯ヶ手”とされたのではないか、と推測できる。ベースボールと呼んでいたのを野球と言い換えたとの話で容易に想像して頂けると思う。

太平洋戦争(大東亜戦争)の敗戦を受けて、土地の方々は、軍事的な時代の要請で”湯ヶ手”と表記したことを恥じられ、さりとて、神話にも時代の流れで戻れず、発音通りに片仮名を当てて現在に至っている ・・・
・・・ との筋書きが私の推測である。当然、飯能市の歴史書には記述されていると思うが、それを調べないで勝手な推測を楽しむ ・・・ 
実は、なんて、訂正を受けたいとは思わない。
ユガテ、湯ノ天、湯ヶ手の何れが正しくても、
税金が減るわけでなし、年金が増えるわけでなし、体調が良くなるわけでなし、
余計なお節介はして欲しくない。この件に関しては知らぬが花が、良いのである。

20061334 土山ユガテ.jpg

日高市の日和田山から、駒高(高指山)あたりまでは、私好みの雑木林だが、物見山、北向地蔵、土山、ユガテ(毛呂山町から飯能市)一帯は、掲載写真の如くの、杉や桧の植樹林を歩くことになる。暖かい(暑い)時は日陰で真に結構だが、冬場はチョットね! である。平成20年6月13日、土山とユガテ間で撮影。


posted by 三龍斎 at 17:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 武蔵国 飯能市 見聞録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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