2007年02月02日

一神教の外国人は、八百万の神々の国を理解できないだろうなー

どんなに永く住み日本語がベラベラで、腹の底では高等人種と思っておられる外国人が理解出来ないのが日本人の宗教概念・宗教観 八百万の神々 だろう。


知ったかぶりの書き出しだが、老生も他人様に説明出来るほど理解していない。でも”何となく”漠然と理解している ・・・ つもりである。


老生の幼き頃、お正月の準備に親父が餅をつき しめ飾り を作り、お婆ちゃんの指図で家中の方々に飾っていた。元旦には庭に出て朝日を拝んでいた。


日本人の原点は、太陽や草木や井戸水等々自然の恵みや建造物 ・・・ あらゆる物に神を感じ(意識し)畏敬の念を抱いていた ・・・ 今でも ・・・ 一神教の人々はこの様な宗教観をして 神を冒涜している、蔑ろにしている、と考えるのではないかと思うが、決してそんな事は無い。


左下の写真をご覧頂きたい。
写真に写っている石像の左端は、**百万遍*** と刻まれていた。何処かの宗派の宗教行事で、大きな数珠を多人数で輪になって廻しながらお経を唱えておられる光景を記憶している その講の記念碑? かな?


左から二番目は地蔵尊である。
左から三番目は馬頭観音である。
一番右は神社の灯篭である。


恐らくこの辺り一体で農地整備か道路拡張が行われて、古の石像を破棄できず一ヶ所に纏められたのだろう。仏教も神道も祀る対象に拘りを見せず一箇所に集めたのは如何にも日本人らしい ・・・ 少しでも日本の”神”を勉強した一神教の外国人なら エエッ! と仰け反るだろう。


右下の写真は、記事に関係ない。近くで咲いていた 梅 で華を添えただけである。
    (記事投了 2007/2/3 0200)


19020139 四つの石像.jpg      19020128 梅の開花.jpg


posted by 三龍斎 at 18:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 武蔵国 嵐山町 見聞録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

嵐山と何と読みますか? あらしやま? らんざん?

ズート体調芳しからず。必死でウオーキングに精を出し回復に努めている。昨日(2月1日)はそれが逆目に出たようだ。
彩の国(埼玉県)嵐山町をウオーキング、嵐山渓谷を訪れたがチョット無理して大平山に登った。ホンノ5〜6分で登れると舐めて掛かったのが運のツキ、ぜーぜーいいならが何とか登頂したのはいいが、おしゃべり好きで付きまとい御仁に捕まり、逃げ出せず、神経疲れ!! 運動疲れと寒さと神経疲れでダウン!!!
それが原因とは思えないが、気になる別の心身障害が出て本日より冬眠を決意!!! こんな時に限って勧誘電話が掛かってくる。腹立たしい!!!
19020130 嵐山渓谷.jpg     嵐山渓谷(らんざんけいこく)
槻川(つきかわ)は東秩父村に源を発し、小川町を流れ嵐山町を通過して都幾川となり、更に東へ流れて荒川へ注ぎ、やがて隅田川となり東京湾に注ぐ。
この槻川が嵐山に入ると、両側に太平山(おおびらやま)と塩山(しおやま)がせまり、そこは景色の美しい渓谷となり、ここを嵐山渓谷という。
嵐山とは、昭和三年(1928)林学博士本多静六が、この地を訪れ、京都の嵐山(あらしやま)に似ているというので、武蔵嵐山(むさしらんざん)と称した。
実は本多博士が嵐山と称した所は五百メートルほど下流の槻川橋付近のことである。今は高架な橋であるが、当寺は低い橋で京都の嵐山によく似ていたのであろう。
この渓谷は、蛇行してメアンダー(嵌入=かんにゅう)地形をつくり、渓谷にはさまれた細長い地形面上には、縄文時代の遺跡がある。基盤を作る岩石には、上流側の蛇行部分が結晶片岩等の古期岩類、下流側が第三期の礫岩等からなる。
なお、バンガローもあり、夏には訪れる人が多い。
            埼玉県

19020131 嵐山渓谷.jpg      19020132 嵐山渓谷.jpg
続きにも紹介したい写真があります。ご覧頂ける場合はここをクリックして下さい
ラベル:嵐山渓谷
posted by 三龍斎 at 12:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 武蔵国 嵐山町 見聞録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月11日

自然を破壊するのは間違いなく人間! (地球観測センターから笛吹峠)

風は冷たいが天気良し。体調不良を回復するには大自然の恵みを受けるに限る! 彩の国鳩山町の地球観測センター(パラボラ)や同嵐山町(らんざん)の笛吹峠を経由してのウォーキングを敢行した(1月10日の事 残念ながらトボトボ歩きである)

左下の写真は、デッカイ パラボラ・アンテナが設置されている地球観測センターの入口付近から内部を撮影した。以前と変わらぬ風景だ。

右下の写真は、入口から少し離れて敷地のフエンス越しに撮影したパラボラアンテナだが、ご覧頂きたいのは左側の茶色い葉っぱの松の木である。ウン十年前からこの近辺を散歩しているが松枯れ病に蝕まれた松を見るのは始めてである。悲しい限り。

19011019 地球観測センター.jpg      19011021 地球観測センター.jpg

紹介したい写真と雑文が続きにもあります。ご覧頂ける場合はここをクリックして下さい。
posted by 三龍斎 at 12:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 武蔵国 嵐山町 見聞録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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